研修講師の仕事・研修の作り方とコツ

企業研修がオワコンではない理由

最近ときどきネットで「企業研修はもうオワコン」という記事を見かけるようになりました。

企業研修がオワコンと言われている最大の理由は、eラーニングや動画教材が普及したからでしょう。私が見かけたネット記事はいずれもそれを理由としていました。

コロナ禍でリアルな集合研修ができなくなって、確かに企業はeラーニングを取り入れました。You tubeにはビジネス知識を教えてくれる動画も増えました。低価格/無料で、以前とは比べ物にならないくらいビジネス知識を学習する機会が増えていますので、企業研修はオワコンと言われるのも一理あると思います。

それでも私は、企業研修はオワコンではないと考えています。その理由を説明します。

企業研修の基本モデル

企業研修には基本モデルがあります。それが下図です。

私の経験では、企業研修の7割くらいがこの型で行われているのではないかと思います。

この基本モデルが慣習的に成立したのか、誰かが意図的に使い始めたのかについて歴史的な経緯はわかりません(ご存知の方はぜひ教えてください)。

ただ、この企業研修の基本モデルには整合的な理論があります。それが、ガニェの『教授9事象』です。

『教授9事業』とは、ID(インストラクショナルデザイン)の生みの親と言われるロバート・M・ガニェが、認知心理学の情報処理モデルに基づいて人の学習を支援する外からの働きかけ、つまり教授活動を9つのステップにまとめた授業等を設計する際の指針です。簡単に説明すると以下のようになります。

まず「導入」です。

3つのステップがあります。学習者の注意を獲得し(ステップ1)、学習の目標を知らせ(ステップ2)、前提となる関連情報を思い出させます(ステップ3)。

次に新しい「情報提示」をします。

今日学習すべき新しい情報を提示(ステップ4)し、前提となる関連情報(ステップ3)と結び付けたり、新しい情報の具体例を提示します(ステップ5)。

そのうえで「学習活動」へ進みます。

教授者は知識を教えっ放しにするのではなく、学習者自身が新しい知識を使いこなせるように練習できる機会を設け(ステップ6)、その出来具合をフィードバックします(ステップ7)。

最後は今日の学習を忘れないための「まとめ」です。

学習の成果を評価する時間を設け(ステップ8)、学習したことを忘れず実際に活用してもらうために行動宣言させたり復習の機会を設けたりします(ステップ9)。

こうして見ると、企業研修の基本モデルはガニェの『教授9事象』と整合的な流れをしていることがわかります。この9つのステップを踏むことで、人は新しいことを習得しやすいということが理論的に裏付けられているのです。経験則的にもこの流れは納得できると思います。

基本モデルと動画教材の関係

さて、この基本モデルの中でeラーニングや動画教材が置き換わっているのは、先ほどの図でいえば真ん中の「2.講義・レクチャー」の部分です。ガニェの9事象でいえばステップ4の「新しい情報の提示」の部分にあたります。

確かに企業研修には、毎日の業務では学ぶことが難しい、新しい知識やスキルを研修講師から体系的に教えてもらうことも期待されています。

しかしそれよりも重視されるのは、知識のレクチャー前後の、自分の役割を再確認したり、演習やワークを通じて知識をジブンゴト化する、つまり、実際に職場の問題解決を考えたりするパートです。ガニェの9事象でもわかるように、新しい情報を知るだけでは、人はそれを使えるように学んだことにはならないのです。

( 最新の脳科学でも、ステップ4の「新しい情報の提示」だけでは学びが成立されにくいことが研究されています。詳しくはこちら

それも、自分一人だけで学んだり考えるのではなく、同じ組織の社員同士で一緒に学び考えて情報交換したり刺激しあったりすることが重要で、それを通じて組織力の強化や組織力を底上げすることが企業研修には期待されています。

個人が学んで知識やスキルが豊富なスーパー社員が一人いたとしても組織力が強化されるわけではないことは、会社員経験がある方なら理解していただけるでしょう。組織の構成員が同じ知識・スキル・考え方を共有して情報交換することは組織力を発揮するためには欠かせません。

このように企業研修は、eラーニングや動画の個人学習とは違う目的があるので、決してオワコンではありません。ステップ4「新しい情報の提示」のためだけに、企業はわざわざ社員を集め、講師におカネを払って研修をするわけではありません。

しかし、コロナ禍を経て企業研修は確実に変化していくだろうと思います。

コロナ禍で始まった企業研修の変化

コロナ前後における企業研修の変化として考えられるのは「反転型研修」の普及です。

もともとは学校教育で「反転型授業」として欧米から導入が始まり、日本では2020年から徐々に文科省が小中学校の全生徒にタブレットを配布することを計画していましたが、コロナによって急速に広がりました。

反転型授業とは、これまで教師が授業で教えていた知識を事前にタブレットで子供たちに家で見てきてもらい、教室ではわからない部分だけ指導を受けたり応用問題をといたりする授業のことをいいます。

これまでは「授業で知識を習い宿題で応用問題をしていた」ものを、「各自がeラーニングで知識を予習して教室で応用問題をする」と反転させた教え方なので、この名前で呼ばれています。英語では、flipped classroomと呼ばれます。

この考え方を企業研修に取り入れたのが反転型研修です。

レクチャー部分をeラーニングで個別に事前視聴してもらい、そのうえで参加者が集合するからこそできること・集合するからこそやるべきことを演習・ワークを使って集中的に行うのが反転型研修です。

コロナ流行当初は、リアル研修をそのままZoomでオンライン化した研修がほとんどでした。しかし、1日中Zoonで研修参加するのは大変疲れるし集中力が持ちません。そこで講義部分(ガニェの9事業でいればステップ4「新しい情報の提示」の部分)をeラーニングで事前視聴する反転型研修の導入が増えました。

参加者各自が都合の良い時間に事前視聴することで負担を軽減でき、研修で集合する時間を短縮できるため、タイムパフォーマンスを重視する企業は学校教育よりも反転型研修のメリットを感じやすいのではないでしょうか。

まとめ|研修講師の役割変化をビジネスチャンスとして活かす

私は大学院で反転型授業のことを知って、必ず企業研修も反転型になる。研修講師の役割が講義をすることから別のカタチへと変化する。そんなことを10年前からいろんなところで度々言っていたのですが、現実はなかなか変わらずオオカミ少年のようになっていました。それが、コロナ禍によって現実化し始めたので、少し複雑な心境です。

それはさておき、研修講師がレクチャーをするだけの企業研修なのであれば、たしかにオワコンになると思います。それはeラーニングやYou tubeの役割になってしまったのです。

企業研修の研修講師の役割は講義をすることではなくて、講義前後のプログラムをうまく設計すること、そして当日にそれを運営して参加者が目標達成できるように学習支援をすることへと変化しています。この役割変化は実際はもう何年も前から言われてきたことでした。それがコロナによって変化が確実になったのだと思います。

むかしから「変化のあるところにビジネスチャンスあり」と言われます。研修講師の役割変化の波をつかまえて、あなたもビジネスをぜひ成功させてください。

あなたの研修講師としてのご活躍を心から応援しています。

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